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ご挨拶

~ご挨拶~

株式会社富士商会とグループの歩み

敗戦の混乱期から復興期へ

創業者 松岡 一三

 昭和24年、創業者松岡一三が大田区蒲田に個人として松岡商店の営業をスタートし、創業直後より、いすゞ自動車株式会社様の鋳造工場への納入開始、昭和26年に法人組織に改組し、株式会社富士商会を設立しました。また同年、鉄スクラップの輸送部門を分離独立させ、相互運輸株式会社を設立しました。

 創業当初より、鉄スクラップ業を戦前からの単なる問屋業としてではなく、流通加工業と捉えていた松岡一三は、需要家様第一主義に努めました。当時は、鉄スクラップが資源として大変貴重な時代であり、また投機の対象でもあり、持っていれば価格は上昇する、という事も良くありましたが、松岡一三は自分の信念を貫き、一切売り惜しみをせず、需要家様の要求に真摯に応え、安定供給に日夜努めておりました。

高度成長期

 松岡一三は、昭和33年に東京都江東区有明に「有明興業株式会社」を設立しました。
銀座から、車で10分という好立地を活かし、ここで、鉄スクラップ加工処理、ひいては、都内から排出される産業廃棄物処理をしようと考えていました。

 昭和44年には、内陸工業団地の勃興を観て、京浜地区から内陸の神奈川県厚木市に厚木工場を設立、内陸進出の第一歩としました。露天ヤードが多かった当時としては、先進的な、屋内型加工工場を建設し、周辺環境との調和を図ったのは、創業者の革新的一面を表しています。

 昭和47年に、日本の目覚ましいモータリゼーションを観て、有明興業で廃車の破砕を行うべく、国内ではまだ珍しかった、大型シュレッダーマシーン(破砕機)の導入を行い、先進的な廃車処理業務を開始し、今日に至っております。

飛躍の時期

 昭和59年に勲五等瑞寶章を受勲したのちに、創業者松岡一三は他界致しましたが、顧客の需要増や移転に対応し、平成元年から平成5年にかけて、群馬県、茨城県、栃木県に太田工場、土浦工場、小山工場をそれぞれ建設し、北関東エリアでの加工処理の基盤を構築し、現在も安定稼働しております。

 さらに、平成8年には、岩手県に北上工場を設置し、東北地方へ進出、以来、東北地区の橋頭保として、東北地方の需要家様への安定供給の使命を果たしております。

選択と集中

 平成14年10月にフジメタルリサイクル株式会社を設立し、株式会社富士商会の製造部門を移管し、当社は、グループ中核企業して統括管理を行うように業務を再編し、グループの合理化を実施しました。

 お陰様で、現在では、グループ全体で、年間鉄スクラップ50万トン、産業廃棄物処理を10万トンの加工処理実績を残せるようになりました。この実績値は、全量グループ内で加工処理したものであり、これは国内でも有数の実績だと自負しております。

最後に

 当社は、創業以来70年ほど経ちましたが、忘れてはならないのは、創業者松岡一三の志、“需要家様第一主義”であり、これを貫き通し、これからも事業を推し進めてまいります。

代表取締役 松岡 和人

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